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70代の母が70代の妹の介護をしていること【姉妹の老々介護】

暮らしの記録

おととい、2年ぶりに叔母に会いました。

玄関が開くと、おむつ姿の叔母が居ました。

黒い服が好きで、いつも笑顔を絶やさなくて、話好きだったおばちゃん。2年ぶりに会った叔母は、別人のように感じられました。

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とても仲良しだった姉妹

わたしの母は70代。

母の妹は3歳年下です。

車で40分ほどの距離で互いに家庭があります。そして、子どもは独立して夫婦2人の暮らし。叔母には一人娘がいますが、県内の他の市で家庭を持ち暮らしています。仕事が忙しく、叔母の住む実家にはあまり顔をだせません。夫である叔父は、定年退職後仕事をしており日中は家にいません。

母と叔母は仲がよくて、しょっちゅう行き来していました。私も自分で電車に乗れるようになってからは、一人で叔母の家に遊びに行っていました。

私が結婚してからも、年に1度は新年会で顔を合わせていました。

ここ2年は叔母の調子が悪いと母から聞いていて、疎遠になっていました。

今年の夏、母と叔母の母親にあたる、祖母が亡くなりました。母と私は熊本に飛びましたが、叔母は葬儀に参列できませんでした。

その時に、祖母の死を叔母には伝えていないことを聞きました。

死を受け入れられないだろう、というのがその理由でした。

母に頼まれて2年ぶりに叔母に会った日

そして一昨日、母が叔母を病院へ認知症の検査に連れていくと聞きました。

母からLINEで、もし雨だったら付き添いを手伝ってほしいと言われたのです。母から叔母のことで頼まれたのはこれが初めてでした。

叔母の家には母が運転する車で向かいました。私は運転ができません。

そして、8年ぶりくらいに叔母のマンションに行きました。

そして家のドアを開けたとき、2年ぶりに顔を合わせた叔母はTシャツにおむつ姿でした。

「おばちゃん久しぶり!すみれだよ!」私は挨拶しました。

私の事はすぐにわかりましたが、名前がでてこないようでした。いつも名前で呼んでくれていたけれどその日1度も呼ばれることはありませんでした。

「やぁ!」と笑顔で手を上げてあいさつに応えてくれました。私はこの時、おむつ姿ではあるけれど、思ってたよりも元気そうでよかったと思いました。

しかし、そんな喜びもつかの間でした。

その日は初診の病院へ認知症の検査へ行く予定でした。

1時間後に家を出発するために、母が妹である叔母に声掛けをしています

「Mちゃん、病院へいくから歯磨きをしてきて」

叔母は目がうつろで、母の言葉が耳に入っていないようでした。

「予約しているから早く準備して!」と急かしていました。

しかし叔母は時が止まったように動きません。

ようやく動き出してゆっくりゆっくり洗面所へ向かう叔母。

私はその間にテーブルにあった朝食のお皿を片付けていました。

叔母が気になって洗面所を見やると、

叔母は自分が何故ここにいるのか分からないといった様子で同じ姿勢でただ、鏡の前に立ち尽くしていました。

トイレは個室へ行けば自分で用を足すことができるそうですが、できないときもある為おむつをしていると母が言っていました。

その後もマンションの5階からエレベーターに乗り、駐車場におりるまでの階段10段あまりを降りるのに途方もない時間がかかりました。

外出時は杖をつかうのですが、階段を降りる時にどこに杖先をついたらよいのかがわからないようで、見守りがないと杖ごと踏み外してしまいそうです。

病院はマンションから5分ほどの近い距離ですが、とにかく動作に時間がかかって病院にはぎりぎりにつきました。

病院は車通りの多い交差点の角にあり、車を一時的に停車して叔母を下ろすことが難しい立地で、病院の駐車場は建物からすこし離れたところにあって、駐車場から叔母に歩いてもらうのは大変な距離でした。

そこで、母の計画通りに叔母と私が病院の傍で先に降りて、受付を済ませました。

病院の評判はもちろん、通いやすさ(スムーズに院内へいけるか)など、難しい点があることを知りました…。

初診ということもあり、待ち時間と検査時間含めて2時間半かかりました。

叔母は話しかければ簡単な返事をしてくれます。長すぎる待ち時間に立腹することもなく終始静かに待っていました。

叔母宅へ帰宅後、母が家で作ってきた昼食を3人で食べて帰路につきました。

その日を含めて母は3日間連続で叔母をつれて通院していました。

週に何度か通い、薬を一週間分朝昼晩と曜日別の袋にいれてセットし、洗濯や掃除をこなし、持病がある叔母を大学病院まで連れて行っている事をこの時知りました。

10代から実家から遠く離れた土地で助け合って生きてきた姉妹

パズルと人

私は、叔父や従姉が付き添いできないのか母に聞きましたが、

「Y(叔母の娘)は仕事で忙しい。通院の予定を知らせても、仕事が急にはいったりするから病院へ連れていけない。Sさん(叔母の夫)が急かしたり声を荒げることがあるようで、Mちゃん(叔母)が恐がるから任せられない」

と言うのです。

母は2年前に30年勤めた病院の受付の仕事を辞めて、今は仕事をしていません。それで母がその役割を担っているということでした。

たまにどうしていいか分からなくなって泣きたくなることがある。いつまで自分も続けられるかわからない…

と母が私に言いました。

そんなに大変だったことを2年間も私に打ち明けず抱えていたことを、申し訳なく思いました。

もっと早くおばちゃんに会いに行けばよかった。

10代の頃から、実家から遠く離れた地で姉妹二人で頼り合いながら生きてきた姉妹。

70代になって、半分別人になってしまった妹。

そして、99歳で亡くなった祖母の介護はすることはなかったけれど、妹を介護することになった母。

これからの70代姉妹。

「早くして!」

「○○しなきゃだめだよ!」

時間に追われて、言葉尻がキツくなる。

そうして急かして怒りっぽくなっている自分がイヤになるし、妹が不憫にもなる。

母が呟いた言葉を反芻しながら、帰宅した私はしばし放心状態でした。母の気持ちや労力を考え、そしておばちゃんの気持ちを推し量れないけれど、せつない気持ちになりました。

今回の認定は、現在よりもすこし重くなる見通しです。もしそうなれば、今は週2日のデイサービスが増えていくかもしれません。

そうなったら、有難いなと思っています。

そして私にできることはあるのか

姉妹が生まれた熊本の空

ニチイの初任者研修を修了していた私は、介護の大変さをすこしは分かっていると思っていました。

大変さを知識としては知っていたけれど、身近な人が本当に認知症になった今、とても悲しいです。

おしゃれが好きで、自分をしっかり持っていて、いつも笑顔で猫が好きで、魚屋で働いていて、社交的だったおばちゃんはこれから少しずつ失われていくんだろうか…。

私にはなにができるんだろう。

とりあえず、私は同じ市内に住む私の兄に母の現状を報告した。介護生活で疲れていること、母が心配なこと、などなど。

叔母に会いたいけれど、会うのが恐い気持ちがある。

一人娘の従姉は何を感じているのだろうか。叔父は?

母もこれからどうなるんだろう…今は元気だけれど叔母のようになる日もいつかやってくるのだろうか。

そんなことを思うとますます怖くなるけれど、そのとき後悔しないように

やっぱり今できることは一生懸命生きることだけかもしれない。

まとまりのない文章ですが、書いたらすこし吐き出すことができてよかったかも!

見守りカメラの導入を提案 おばちゃんともっと会話したい

いろいろと考えて、従姉と母に、見守りカメラの導入を提案してみました。

直接家を訪問できなくても、気軽に顔を見て話せるツールです。叔母はスマホを持っていますが、今はもう使う事が出来なくなっています。

見守りカメラは介護でも使える様に簡単な操作ができるようデザインされていることが多いですが、叔母が使えるかは未知数ではあります。

毎日デイサービスを利用する日以外はテレビがつけっぱなしでずっと1人で部屋にいるようなので、顔を見ながら手軽に連絡が取り合えたらとてもいいと思いました。

今だからこそできる関わり方もあるのではないかなと思っています。今後叔母宅に導入できたらまたレビューしようと思います!

認知症の方の見えている世界を知る本『認知症世界の歩き方』

ポップなイラストが多数あって文字が少なめです。認知症を知る最初のきっかけにいいと思いました。

例えば、壁と扉が同じ色だと扉を認識できない、廊下に置いてあるマット(ラグ)が落とし穴に見えるなどなど。認知症の方の見えている世界を知ることで環境を整えたり声かけを工夫できたりすると思います。

絵本のような雰囲気で、文字が少ないのでパラパラと読めます。

対応策というよりは、認知症の方の困りごとがわかる一冊です。

『認知症の介護に役立つハンドセラピー』

背中や手を優しくさすることで気持ちが落ち着きます。ハンドセラピーとして家族に行う方法などが書いてあります。認知症のおばはもちろん、母や子どもにもやってあげたいなと思いました。

両親のことをもっと知りたくなった【思い出ノート】をプレゼント

100の質問に答えるだけで自分史づくり

叔母に会う数日前、たまたま駅前の大きな書店で見つけたノートです。両親にプレゼントしました。

このノートは自分の人生を振り返ることで脳を活性化させる目的もありつつ、自分史が手軽に残せるものです。

自分史を作るためのノートで、A4程のおおきなサイズで書きやすいと思います。

中には100の質問や白地図、日本の年表などがあって、自分の人生を振り返り書き込めるノートになっています。

100の質問の例
  • 幼少期のあだ名
  • 出身校、その思い出
  • 初任給で買ったもの
  • もう一度会いたい人

おばのこと、両親のことをもっと知りたくなりました。

おばは自分で文字を書く事はできませんが、過去のことは覚えていそうだったので、聞き取り・代筆することで埋められるかもしれません。

私はこの1年で3人の祖母を亡くしました。もっといろんな話を聞けばよかったけれどそれもかないません。

母はやってみると請け合ってくれたので読んでみるのが楽しみです!

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