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ゆずと私と表舞台

ゆずと私と表舞台 雑記

ゆずのコンサート『図鑑』にいってきた。素晴らしかった。エネルギーの塊を受け取った気分だ。行ってよかったと心から思う。

ずっと第一線で、常に新しい挑戦を続けてるゆずってすごい。新しいなって思っても、根っこはしっかりとゆず。

恋愛、青春、家族、おふざけ、やらせなさ、幸せ、悲壮感、どんな気持ちにも寄り添う曲が絶対にある。世界平和だってオリンピックだってゆずは全部を包み込む。

声質も全く違うのに合わさった時、ひとつになる。

ゆずを好きになったのは中学生の時。友達との初コンサートはゆずだった。

当時はゆず派と19派で二分していたくらい双方人気があった。アイドルだと嵐も人気で、廊下では一軍女子がデビューシングルを踊ってたっけ…。

私はファンクラブにも入っていて、ゆずのオールナイトニッポンも聴いていた。その時出された本も買った。分厚い本の細かい字をページの隅から隅まで読んだ。

いつからだったかファンクラブを退会し、新譜も追わなくなっていた。でも、TVでゆずの声が聞こえると反応して、タイアップ曲があるとやっぱり嬉しかった。

そして先日、知人誘われて久しぶりにコンサートへいった。

悠仁(中学生の時に倣った呼びかたで)はかっこよくて、笑顔が可愛くて、そして変わらず熱かった。

岩沢さんはMCはほとんど話さず、悠仁の言葉にニヤニヤしながらずっとギターを触っている。そして高音のどこまでも届きそうな歌声が圧巻。

十代の頃は歌詞カードを見ながらCDを何度も聴いていたから、昔の曲は口ずさめた。

すみれという曲で、合間にクラップするのだけど、身体が覚えていて、勝手に手が動いたことにびっくりした。

10代の頃の記憶は私の身体の中でずっと眠っていて、この瞬間を待っていたみたいだった。

私が社会人になって、結婚して、出産して ゆずと離れた人生を歩んでいた間も

ゆずはずっと活動を続けていて、たくさんの曲を生み出し続けていて、私は爆音の中ギターを掻き鳴らす2人を凝視しながら感謝していた。

一度離れても、また帰ってこられる場所があるって幸せだなと思ったのだ。

同時に、あの舞台からみる観客はどんなだろうと想像した。歌を作り、歌い大勢の前で歌うってどんな気持ちなんだろうと考える。

わたしと音楽はどうも相入れない。

私は小学生の頃親に頼み込んで習ったピアノの練習が嫌になり3年であっさりと辞めた。大学生でギター部に入ったけど(ゆずに憧れて)こちらも挫折。単に飽きっぽいというよりか、どうしても五線譜とか音楽理論がわからなかったしセンスも根性もなかったのだと思う。

音楽を演奏したいと憧れはあるものの、もう今さら舞台に上がりたいとか人前で演奏したいとかそういう次元ではないことは確かだ。

ゆずの2人でいえば、幼い頃に出会い2人でゆずを結成して、路上ライブを始める。その一つ一つの決断が今に続いている。

あらゆる人が各自の無数の選択肢を選び取ってきた結果が、その人の今に至る。

私が今このような状況なのも、選び取ってきた結果なのか。(もちろん、そうせざるを得なかったというような、ネガティブな決断も含めて)

一つ言えるのは、歌う、と決断できるかどうか。

小説家になりたい

俳優になりたい

〇〇になりたい、という決断をして、近づくために一つずつ積み上げてきた結果。

さて、私はこれから何がしたいのだろう。

とりあえず、このブログを始めると決めた。

そしてエッセイストを気取ってみることにする。

何かを書く人になりたかった私は、ブログという小さな舞台に立ってみる。

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